このコーナーは、ダイレクトマーケティング界の寵児「ニセ・ダン・ケネディ」が、絶対に成功すると噂されているマーケティング手法を紹介します。※本物のダン・ケネディとはあまり関係がありません。
こんにちは、ニセ・ダン・ケネディです。この連載では、私が絶対成功するダイレクト・レスポンス・マーケティングの方法をお教えします。
文房具売り場の試し書きコーナーで必ず「ダン・ケネディ」とサインする私ですので、何も心配することはありません。
私自身、ほぼダン・ケネディだと言っても過言ではないでしょう。
ただし、あらかじめ断っておきますが、実践は全て自己責任でお願いします。
雨が降ってる。
砂糖(シュガー)を固めた鈍色した甘いだけのキャンディが瓶の中で揺れてるみたいに、街には雨が降ってる。
実際、この街もキャンディの瓶も別に変わりはしない。降ってくるものが何かの違いだけだ。
胃に染みる黒い酒。愛想をどこかに捨ててきたような安い女。ほこりだらけのベッド。壊れたTVにはニュースキャスターの張り付いた笑み。嫌になるくらい退屈な日々。
誰もこの街から逃れられない。いや、逃れようとすらしていない。
俺たちは運命に飼い殺された豚だ。ただ、その日が来るのを群れでじっと待っているだけだ。
屠殺場はどこだ?
【セクション1 雨】
雨は好きだ。
路上の汚いものを全て洗い流してくれる。
俺はこの路上で育った。
母親はいない。だから、雨が母親代わりだ。
血や吐瀉物、空っぽのアンプル(―ヤク中どもの置き土産)を全部片付けてくれる。口うるさい小言とともに。
だから雨は好きだ。
俺にも父親はいる。最低の父親だった。
金が入るとすぐどこかにDMを送っていた。
USP(ユニークセリングプロポジション)すら決まっていないのに、「俺はDRMをやっている」とうそぶいていた。
早い話があいつはDRMにイカれていたんだ。
あいつはDRMなんてやっちゃいない。DRMがあいつをやっていたのさ。
あいつは今もどこかにDMを送り続けているだろう。
誰にも読まれないDM。まさにあいつ自身だ。
【セクション2 DRM】
ニセ・ダン・ケネディなんてふざけた名前はあいつが俺にかけた呪いだ。その名で呼ばれる度、俺はこの身体に刻まれている業(カルマ)に重力を感じざるを得ない。
あいつの呪いはまだある。
あれだけ嫌悪していたDRMに俺もまた手を染めていること。
この街で生きていくには、ゴミ箱に頭を突っ込んで晩飯を探すか、DRMをやるか、それだけしかないからだ。
だが、俺のDRMは甘くない。
どっかの金持ちがふかふかのソファで考えているようなズレたDRMじゃない。
俺のDRMは血と骨でできている。
殺し以外は何でもやる”本物の”DRMだ。
「思い知らせてやる…、思い知らせてやる…、思い知らせてやる…」
触覚のイカれた哀れな羽アリでも見るかのように置屋のババアが俺を見ている。
病的な独り言。偏執狂。破壊願望。
ああ、あいつの呪いはまだまだありそうだ。
【セクション3 人生の意味】
昔、この街に「人生の意味を教えてくれ」が口癖の男がいた。
そいつはどっかのバカから鉛玉を喰らってあっさり死んじまった。
つまり、それが人生の意味ってやつだ。
歩きながらポケットに手を突っ込む。煙草にぶつかる。
昨日の酔っぱらいからぶんどった安い草。
別に煙草が好きなわけじゃない。
だが、吸いたい時に吸えないのは好きじゃないんだ。
ふと、目を上げると、コーヒーショップ(―半年前、強盗に押し入られて潰れた店だ。まあ、そうじゃなくても潰れただろうが)の前でガキが佇んでる。
あいつは3番街のメイリーンのガキか?
あのイカれた色魔なら最近、金持ち風の東洋人と駆け落ちしたはずだ。
なるほどな。
特に珍しくない。この街では珍しくない。何も珍しくない。
ガキは、あの頃の俺と同じ目でこっちを見ていた。
諦めと憂鬱と怒りの目だ。
何も珍しくない。
【セクション4 煙草】
まるでそこだけがこの街で唯一神聖な場所であるかのように、ガキは何日も同じ場所に立っていた。
そして、あの目で俺を睨み続ける。
大事なものを壊される側から、壊す側になろうとする奴の目だ。
それが俺には不思議と心地よかった。
ある日、いつも通り俺がどこかのバカを騙して帰ってくると、そこにガキはいなかった。
黒スーツに身を包んだ男が、やけにテカテカの髪をいじりながら、革靴についた血を鬱陶しそうに壁にこすりつけていた。
俺は路地の奥で横たわるソレを見た。
気が付いた時、俺は右手のフックで黒スーツの喉を突き刺していた。
何度も何度も。何度も何度も何度も何度も。
路上に横たわる黒スーツの首に光るピンバッジが、俺が退屈な生活に戻れないことを物語っていた。ここいらで幅を利かせてるマフィア。「年収1億円」を合言葉に何でもやる狂った奴らだ。
「面倒なことになりそうだ」
そう独りごちて俺は最後の一本に火を付けた。
雨が降ってきた。
全てを洗い流す雨が。
それにしてもマズい煙草だ。
こんなことならあの酔っぱらい、もう2、3発殴っておけば良かった。
【セクション5 本物】
奴らの本拠地は、5番街の中央に我が物顔で建っている趣味の悪い赤いビル。
待つのは嫌いだ。
どうせ奴らは俺を見つけるだろう。逃げ惑った末に情けなく死ぬのはごめんだ。
シリアルと冷凍食品しか食ってない男が吐いた血のような不健康な色のビルに俺は堂々と押し入った。
だが、俺はスーパーヒーローじゃない。
3人をぶっ倒したところであっけなく捕まった。
そこで殺られるかと思いきや、口中が血だらけになるまで殴られただけで(―しばらくトマトジュースはいらなさそうだ)奥の部屋まで連れて行かれた。
成金趣味の仰々しい扉の先に待っていたのは…
「やあ、キミかね? 私の偽物というのは」
参ったな、本物さんのお出ましだ。
【セクション6 USP】
「部下に手を出した件とは関係なくキミを探していたよ」
可愛げのない白い猫を撫でながら、奴は語り始める。
「私はね、DRMを誰よりも愛してるんだ。これほど美しいマーケティングは他にない。まさに神が作りしマーケティングだよ。そうは思わないか?」
ゴロゴロと喉を鳴らしていた猫が、グググと苦しげに呻く。
奴が首根っこに思いきり爪を食い込ませている。猫の瞳が赤く染まっていく。
「それだけに許せないんだよ。USPも何も知らないような下等な乞食がDRMを口にして金を稼ぐことがね…。ふふふ、オマエ楽に死ねると思うなよ」
向けられた銃口を眺めながら俺はこう弁明した。
「ああ、2つ3つ誤解があるな。まず1つ目、ニセ・ダン・ケネディは俺の本名だ。お前の偽物じゃあない。2つ目、楽に死のうなんて最初から思っちゃいないさ。3つ目、USPぐらい知ってる。俺のUSPはな、『木っ端微塵』だ」
身体に巻いてある導火線にサッと火を付ける。
仄かな熱さを感じたが、爆音とともにすぐにそれも感じなくなった。
そうして全てがなくなった。
【セクション7 終わり】
そうだな、俺の人生には特に何も教訓はないが、この原稿を出した時の編集部の顔は傑作だったな。
「何これ?」って。
知りません。
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