ザ・レスポンスの創設のストーリーと、仲間たちをご紹介します
読者累計30万2163人を誇るマーケティングメルマガ『ザ・レスポンス』発行人、ダイレクト出版株式会社代表取締役社長。『ザ・レスポンス』の他にも、読者累計14万5000人の『デイリーインスピレーション』などを毎日発行。年間1億通以上メールマガジンを配信。日本ナンバーワン・マーケッターにも選ばれた神田昌典氏など、一流の経営者とも提携を結びビジネスを展開。著書に『自分を不幸にしない13の習慣』『フリーで利益を生み出す45の鉄則』『インターネットマーケティング最強の戦略』がある。
おっと。きっとあなたは、こんなつまらない自己紹介は読んでて退屈だろう。だからもっと、ストレートな自己紹介をしよう。
高校のころまで、僕は栃木県という極めてマイナーな田舎に住んでいた。今の高校生と違って、家と学校の往復で楽しい遊びなんて何もない。(実際は、高校生活はめちゃめちゃ楽しかったのだが、遊ぶ場所なんかは何もなかった)高校の時だか、中学の時だか忘れたけど、ニュートンという雑誌にアインシュタインの特集が載っていた。それを見て、「おーコイツはすげーおれも物理学者になろう!」と軽く進路を決めた。(エアロスミスにはまってロックスターになろうと思ったこともあるが、高校生でもそれが不可能な事は自分で分かった)
ちなみにこの時、高校では圧倒的に最下位クラスの成績だったのが、最後にはトップクラスになった。人間、目標を持つことは大切だなーと実感した最初の出来事だった。
大学に行くと、田舎の高校生が初めて都会にでたので、いろんな経験と誘惑に駆られることになる。多くの大学生と同じように僕も大学時代は、マージャンとコンパ、(いや麻雀かな・・・)が命の生活になってしまい、物理学者になるという大いなる夢はあっさり挫折してしまった。
その後、目標のなくなった僕は、堕落した。
毎日、昼過ぎまで寝てるようなどーしょーもない大学生になってしまった。そんなとき、僕は友達からネットワークビジネスに誘われたのだった。。。
やる気のない日々を過ごしていた僕にとって、新しい目標は新鮮だった。それは「お金」つまり経済面での成功だった。住んでいたのが大阪という事もあり、「金もうけなしゃーない」的な哲学が生まれ、そこからビジネスの世界に入ることになる。
それから、ケータイメールのビジネスを始めてみたり、ソフトウェアのビジネスを始めてみたり。いろいろやったが、なかなかビジネスは成功しなかった。
ダンケネディにマーケティングを学ぶまでは。
ダンケネディにマーケティングを学んでからと言うもの、どうやったらお金を生み出すことができるのか?徐々にわかってきて、収入もだいぶ伸びてきた。そして、2006年にダイレクト出版株式会社を設立。もともとフリーのコピーライターになろうと思って、自分の技術を向上させていこうと思って、始めた会社だったが、ケネディ流のダイレクトレスポンスマーケティングは、極めて強烈で、たった2年で10億円規模の会社になった。これは結構、早いスピードなので、みんなに驚かれる。
今まで、ビジネスや自己啓発、投資など色々なジャンルでそのマーケティングを実践して、結果を出してきた。その経験の中から分かった事は、インターネットが主流となるこれからの時代、ほとんど全てのビジネスが直接、顧客を取ることができる。つまり、ダイレクトレスポンスマーケティングを必要とするようになる。
そんな中、日本の企業はマーケティング力が低いなので、ケネディ流のマーケティングを伝える事はとても価値あることだと考えてこのザ・レスポンスを発行することにした。